読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

meher

人生、いつだってミーハーじゃなきゃ。

貸しの多い人生を

こんにちは!

寝坊しました。矛盾してるけど毎日こんな日が続けばいいなーと思うと同時に、こんな退屈な日が続くとつまらないなーとも思います。たまーに何もしないでもいい(するけど)日があると、たまーにいいですよね。たまに。

 

一昨日と昨日は、たまたまEvernoteの整理をしていたら見つけた、「PC Online」で連載していた面白法人カヤックの代表取締役の柳澤さんの3年間の連載をひたすら読んでいました。

2008年に連載が終わっているのに、今でも通じるところがあって、おもしろかったです。(学生目線でもおすすめ)

 

 18:プライベートで仕事の話はしたくないですか?:柳澤大輔「面白法人カヤックのいきかた」 

42:与えることができる人はクリエイティブ:PC Online 

83:与えることが人脈につながる:日経パソコンオンライン

 

この3つが特に良かったなあと思うんですが、その理由は、自分が結局何がしていきたいのかなーっていうのを言葉にしてくれていたから。

 今年はどんな年にしようかなーとふらふら考えていたら面白い記事をみつけられてうれしい。今年は多分いい年になるなと。

 

与えるということ。

貸しの多い人生を送ろうと思うこと。

 

去年はそう言えば「借り」をつくってばっかりいました。

誰かにすぐに教えてを乞うたり、できないことを違う何かのせいにしたり。自分の無力さを痛感してこんなんじゃだめだめだったなーと思います。

なので今年は、柳澤さんの記事にも書いてあるとおり「与えること」で、誰かにいい意味で「貸し」をつくっていきたいと思います。

自分は凡人だからこそ(認めつつも心の奥では「絶対に凡人にはならないと決めている」)、インパクトのあることをドッカーン!としないと、「あのー、…誰でしたっけ?」ってなってしまう。そうなんだけど、いきなり芸人みたいにバッコーンと笑いをとれたりするわけでもないので、じゃあどうするかってなったら。もう何か優位に立てるところにまでよじ登るしかないなーと。

 

”結局人脈をつくるには、「この人と知り合いになると、何か得しそうだぞ…」と思われるような存在に、僕がならない限りだめなんだなと思いました。”

”仕事の相談があった時には、わりに合わないとかそんなことは考えずに、できる範囲で、とりあえず相手との関係性の中で与える側になる。すなわち、言い方は悪いですがこちらが借りる方ではなく、貸しをつくる方であろうと努力するようにしています。 ”

 

先によじ登ってとりあえず軽く山頂から見える景色を眺めておいて準備しておいてから、そこからみんなと一緒に登る。自分に何かできるか?って言う前に、まずはその人の身になって考えてみることから始めてみようと思います。

 

与えることで、人脈ができ、それが信頼になる。(まだ実感が湧かないけど)

信頼の定義について - medtoolzの本館  によると、

 

”交渉にはルールが必要になる。ルールが要請されたその時点で、その場はルールをデザインする「デザイナー」と、提示されたルールの範囲で意思決定を試みる「プレイヤー」とに分断される。信頼とは、「デザイナーの示したルールの範囲で、プレイヤーが最善の選択肢を探している状態、あるいは探索の意思それ自体」であると定義できる。”

 

つまり、デザイナーの言う範疇の中でどれだけ期待通りに沿いながら、かつどれだけそれを越えてこうとするか、だと。 これって、どれだけ「与えようとするか」っていうことと、おんなじことなんじゃないかなーと。

 

与える。

もっともっと情報を集めて自分なりに解釈して、経験したことなどを踏まえながら自分の言葉でどんどん発信していく。

面白いことがあったらもっと赤裸々に書こう。

自分の思っている当たり前をもう少し噛み砕いて書こう。

もっと読みやすいように句読点とか文字の改行とかいろいろ変えてみよう。

『隠してたらもったいない』って今すごく思った!

去年までのこころの狭い人間には戻らない。お金の面では、少し…だけど、それ以外助けられるのならばがんばりたいなー!

 

当たり前すぎて話すまでもないこと、些細すぎてわざわざ話題にもならないことって、自分じゃない誰かが聞くとおもしろいんですよ。本当に。くだらないように見えても背景にはものすごい広い世界がある。つまんないわけない。なにそれくだらない、って言ったらおしまいだ。2ちゃんねるだって出会い系だって、切り捨てたらそこで止まる。ソーシャルゲームだってアメピグだってLINEだって、きっとそう。151匹のポケモンを延々と覚えてるのを見て、あなたたちその記憶力と熱意を違うことに使いなさいよ、って親や先生に呆れられた日々があるからそれを信じる。イーブイを何に進化させるかでひたすら議論したあの時間、とっても楽しかった。ちゃんとコミュニケーションになってた。テストの成績にも将来の夢にもつながらないけど、でもとってもよかった。”

 

まだまだ与えるために必要な『準備』が圧倒的に足りないし、準備しようと思うと「まだいいやろ…?」っていう悪魔の声が聞こえて、だらけてしまう自分がいることにほとほと嫌気がします。でも、前を向くしかないし、クヨクヨしてても始まらないし。切り替え早くして、次に向かって考えたいと思います。