読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

meher

人生、いつだってミーハーじゃなきゃ。

『なんか』の価値観

おはようございます!

今年も残すところあと3日。

長いようで短かった2012でした。

 

今日は価値観の合う合わないについて少し。

 

 

価値観が合うっていうことは、「ふわっとしている」と思っています。明確に目に見えるものではないんだけど、でもつながっているっていう感じ。でも、仲良くなる上でとっても大切なもの。このふわっとした感覚を持ち合わせているであろう知り合いのカップルや夫婦は、なんだかんだこの先も長く続く気がするし、実際続いているしとても仲がいい。空気感が似ているというか。

うまいこと説明ができないんだけど、「なんか」わかってほしい。笑 

感覚はことばにしないと伝わらないんだけど、ことばにしてしまうと陳腐な気がして惜しいものになってしまう。

 

”何となく”っていう曖昧な感じではあるんだけど、何にも理由がないというわけじゃなくて、いくつかあるんだけど結局は「なんか」合うとか、「なんか」面白いっていう風に収束していくんだよなー。ひとつのものだけを見て、これ!っていうんじゃなくていろんなものを見て、俯瞰し総括してふわっと”合うかも”みたいな感じが理想な気がします。

 

そういうのって何回も会ったりしないとなかなか知ることができないのも事実。

最近はそういうのを助けてくれる画像キュレーションSNSSumallyPinterestTumblrなど、すきなものを可視化してくれるサービスが多くなって、それでこの人はこういう趣味だったり、すきなものの系統がわかったりするようになりました。昔の人はどうやってたのか想像つかないんですが、レイト・デジタルネイティブでよかった。

Twitterから面白い人を見つけてそうやっていろんなサービスを見ていって、それから知りあうっていうことも増えてきたし、そういう出会い方っていうのもありだと思う。てか、そういう方が面白いんじゃないかなーって思う。「はじめまして、◯◯さん」にプラスして、「はじめまして、●●がすきな◯◯さん」みたいな、はじめましてだけどはじめましてじゃない、そんな関係がどんどん増えると、ワクワクする。

 

でも、それをやっている人が周りに少ないのも事実。そういうSNSがあることすら知らない人も結構いるし。そこが一番辛いところでもあるんだけど…。みんなやろうよ、面白いよ。「よくわかんないから使わない!」じゃなくて、「よくわかんないから楽しいんじゃないかー」と思ってるんだけど。そこからずれるともうどうにもならないけどね。

 

こんな「なんか」を何かわかってくれる人がいると嬉しいです。